JKA 2024 がん悪性化因子の状態を操作するナノマシン開発 補助事業 成果報告
2026.5.25JKA 2024 がん悪性化因子の状態を操作するナノマシン開発 補助事業 成果報告
齋尾 智英
背景
難治がん治療法の開発における新たな介入点として,がんのストレス抵抗性が注目されている.多くのがん細胞は,pH低下,低酸素,酸化などの強いストレス条件下にあるが,このような過酷な環境に適応するために,がん細胞では細胞保護分子のマスター転写因子HSF1による環境応答転写スイッチ機構が働いている.そのため,Hsf1は,難治がんのストレス耐性をもたらす「がん悪性化因子」として,多くの難治がんの治療における次世代の創薬標的と見なされている.しかし,Hsf1は正常な細胞においても複数の重要な機能を持ち,単にその機能を阻害するだけでは癌細胞だけではなく正常な細胞の機能も阻害し,大きな副作用が予想される.がん悪性化因子Hsf1の機能をガン細胞でのみ選択的に阻害する治療戦略が求められている.
研究内容
本事業では,がんのストレス抵抗性において見られる「がん悪性化因子の液-液相分離 (LLPS)」という特徴的な状態に着目し,そのメカニズムを理解し,状態を制御する手法の開発に取り組んだ.これまでに,HSF1のLLPSを操作する技術の開発に関して成果が得られたため,それについて主に報告する.
本研究では,タンパク質の凝集を抑制する機能をもつ分子シャペロンのひとつ「Trigger Factor (TF) シャペロン」に着目した.我々の検証によって,TFシャペロンがHSF1の相分離を抑制することが明らかになったため,TFシャペロンを改変し,HSF1の相分離操作ツールを開発することとした.TFシャペロンにGB1タンパク質を融合し,GB1のヘリックスにアゾベンゼン誘導体を修飾した.アゾベンゼンは光の波長によって立体構造が変化するため,青色光照射によってtrans状態,UV光照射によってcis状態となる.アゾベンゼンがcis状態において,GB1はTFの基質結合面を塞ぎ,trans状態においては,GB1がTFから乖離する.このように,アゾベンゼン誘導体で修飾したGB1が「フタ(lid protein)」として機能し,TFの基質結合面のフタを開閉する.この融合分子をOptoChaperoneとした.OptoChaperoneは,青色光を照射すると,フタが開いてシャペロンが活性化(ON状態)し,標的タンパク質の液滴を溶解(抑制)させる.一方, UV光を照射すると,フタが閉じてシャペロンの機能が抑制(OFF状態)され,液滴形成が促進される設計とした (図1).
図1: OptoChaperoneの設計.アゾベンゼン誘導体で修飾したタンパク質をフタとしてシャペロンに連結することでOptoChaperoneを作製した.可視光 (450 nm)をあてるとフタが開き,OptoChaperoneは活性型になる.UV光 (365 nm) をあてるとフタが閉じ,OptoChaperoneは不活性型になる.
HSF1に対してOptoChaperoneを適用したところ,化学物質の添加や標的タンパク質自身の遺伝子改変を行うことなく,光の切り替えだけで可逆的に液滴の形成と消失をコントロールできることが明らかとなった (図2).さらに細胞内の実験から,OptoChaperoneによるHSF1相分離の操作が,熱ストレス下における細胞の生存率(生死の運命決定)を左右することも明らかになった.
図2. OptoChaperoneによる相分離液滴の操作.可視光照射によってOptoChaperoneを活性型にした条件ではHSF1液滴の形成が抑制され, UV光照射によってOptoChaperoneを不活性型にした条件ではより多く,大きなHSF1液滴が形成された.(出展: Tuan et al. 2026 J Am. Chem. SOC, 148, 17429-17442. 本図は,CC-BY-NC-ND 4.0 ライセンスに基づき利用しています.)
成果
ここでは,HSF1のLLPSを阻害するシャペロンを改変し,アゾベンゼンで修飾することによって光応答性を付与し,HSF1のLLPSを光操作できるツールを開発した.それによって,精製HSF1タンパク質,および哺乳細胞内の内在性HSF1タンパク質のLLPS液滴の形成・解消を操作できることを実証した.この成果の一部は,Journal of the American Chemical Societyから発表になった.
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.6c04074
また,我々はHsf1がLLPSを駆動する分子メカニズムについて,NMRを用いたダイナミクス解析から明らかにし,その成果をAngewandte Chemie International Edition から発表した.
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/anie.7340537
今後の展望
本研究によって,HSF1のLLPS制御メカニズムの一端が明らかになり,さらにHSF1の光操作ツールOptoChaperoneの開発にも成功した.OptoChaperoneを用いることによって,HSF1のLLPSを介した機能発現のメカニズムの理解がさらに深化すると期待される.それによって,がん細胞のストレス抵抗性獲得のメカニズムが明らかになり,難治性がんの治療法開発の基盤が構築されると期待される.
謝辞
この研究はJKA 競輪の補助を受けて実施しました.ご支援に厚く御礼申し上げます.


